ホームページタイトルロゴ

■- イタリアIBITA国際会議出席報告 -

平成14年9月18日  山梨温泉病院 理学療法士 伊藤 克浩

◆2002年9月8日
 出発はアリタリア航空9日12:30の便。山梨からでは当日朝出るのは厳しいので前日8日に成田入りした。ホテル「ホリデーイン成田」は成田空港からも見えている非常に便利な場所でありながら、現在ホームページ開設記念価格という事で宿泊料金は6000円。ビジネス並みの価格で広い部屋にセミダブルベッドで快適だった。ホテルには夕方5時頃到着。一眠りして下のレストランで夕食を取った。バイキングスタイルで焼きタラバ、ステーキを含む色々なメニューを食べ放題で3300円と安くて充実した夕食となった。

◆9月9日
 早起きして成田空港第一ターミナルへ・・9時半には到着したのでマックで朝ご飯。フライト前に特にお米を食べたいと思わなくなった。少しは国際的に近づいたのだろうか・・?。今思えばイタリアでは以外とマックが多く目に付いたし、ビールを置いているのにはとても驚いた。

 10時過ぎに新保先生(順天堂医院 理学療法士 ボバース成人片麻痺国際インストラクター)と合流、成田からは二人で出発となった。・・・10日に関空から日浦さん(ボバース記念病院 理学療法士 ボバース成人片麻痺国際インストラクター)・赤松さん(誠愛リハビリテーション病院 作業療法士 ボバース成人片麻痺国際インストラクター)がミラノに合流する・・・。アリタリア航空のカウンターでチェックインをすませて荷物を預け、身軽になったところで空港のレストランで出発前祝い。のんびり・・といいたいところだがビールを結構飲んで盛り上がってしまい搭乗最終案内で呼び出されるまで飲んでしまった。大急ぎで搭乗手続き・・ 免税品で日本のたばこを買おうと思っていたのに失敗・・。結局慌ただしい旅の始まりとなった。

 機内は後ろの方は空席も多く、席を移動してゆったりと座れた。時差は8時間。着いたら夕方ということになる。昨年のブラジルに比べると半分の時間なので気は楽だ。実際、ワインとビールを飲んでぐっすり寝て、映画を見て(見たかったスパイダーマンをやっていた)いたらあっという間にミラノに着いた。 到着後も時差を感じることは無かった。

 ミラノマルペンサ空港に時間通りに到着してバスでミラノ中央駅へ向かう。ホテルを見つけるのに手間取ってようやくチェックインできた。ところが部屋に行ってみるとシングルベットがひとつだけ。あわてて部屋を変えてもらったがそこが今度はダブル。僕と新保先生は日本人男性カップルに見えるのだろうか・・(爆)。 最後に通された部屋もなぜかベッド三つ。ちょっと古かったがバスタブもある部屋だったのでその部屋に決定。荷物をほどいてミラノ中央駅前のカフェで一杯。ピッツェリア(ピザ)とパスタ、ステーキをつまみにビールを飲んで明日からのイタリア紀行に向けて二度目の前祝いをした。

 ※ちょっと雑学:イタリアの通貨はユーロ。現在1ユーロ120円前後。安い支払いの時に小銭を持たないで大きなお札(20〜50ユーロ札)を出すとちょっとにらまれる。大きい買い物の時に小銭を出さずにおつりを溜めておこう。支払うとき計算が面倒ならカウンターに小銭を投げ出してレジの人に取ってもらおう。食事にはサービス料10%がかかる。ホテルのチップは1ユーロ程度。出かける前に枕の付近や机に置いておく。


◆9月10日
 朝早く起きてミラノ中央駅付近を散策。ついでに駅で今日予定しているマッジョーレ湖行きの列車を調べたら8:10分の後は11時過ぎにしかセンターシティ列車がないと言うことで慌ててホテルに戻り新保先生と早めの朝食を取った。中央駅から列車に乗り込みマッジョーレ湖に向かう。列車は個室でまるで映画に出てくるオリエント急行のような作りだった。乗車約1時間でストレーザ駅に到着。  二人で湖畔を散歩しながら旧貴族所有だったお城のようなベッラ島に渡る連絡船を探した。連絡船の艀に着くとおじさんが近づいてきて、さもこのチケットでしか渡れないような言い方をしたのでそのチケットを10ユーロ(約1200円)で購入した。

 島に渡る前にまずはロープウェイでモッタローネ山に登った。ロープウェイの終着駅から頂上までは約5km上り坂。頂上からの眺めはアルプスを一望できる最高のロケーションで素晴らしかった。しかし、いかんせん運動不足の我々には結構応えた。

 ロープウェイを下って連絡船乗り場に行くと看板に2.7ユーロと書いてある。新保先生と「ふっかけられたのでは?」と話しながら連絡船に近づいていくと切符を売りつけたおじさんが近づいてきて「こっちのボートだ。このボートなら5分で島に着ける」と値段の正当性を主張するように声をかけてきた。疑心案議のままボートに乗船して出発。目の前に普通の連絡船が走っていたが同じタイミングで島に着いた。(4倍の値段は何だったんだろう)

 島に着いたら湖に沿ってお土産やさんが続いていた。そこを抜けて湖に面したレストランに入りまずは腹ごしらえ、ラザニアと魚・肉のランチにビールで喉を潤した。夏のシーズンを過ぎていたが十分リゾート気分に浸ることができた。その後ボッロメオ家の宮殿と庭を見学した。宮廷内部の調度品や家具は見事なもので一周30分程度の見学コースが設けられていた。

 3時過ぎの列車でミラノへの帰路に就いた。帰りの列車で非常に怪しいイタリアの子供に荷物を狙われたが席を移動して回避。4時半にホテルに戻った。

 夕方、日浦さんと赤松さんがホテルに到着していて合流。その日の夕食はホテルの地下で取った。新保先生と赤松さんはロブスターのパスタ、日浦さんはペンネ、私はビステッカ(ステーキ)のペパーソースかけを注文した。 値段の割には豪勢な料理が出てきた。

 ※ちょっと雑学:ヨーロッパの電車で遠目に移動するときはセンターシティという日本で言う特急列車を利用することになる。また、駅には改札が無く乗車するときに検札機で自分で検札しないといつ乗ったか証明できないので5ユーロ程度の罰金を取られるので注意!(検札機はホームへの入り口付近にさりげなく立っている)。列車には1等車・2等車があり 特に指定しなければ2等車になる。指定席は通路に紙が入っているところなので客車の個室に入る前には確認しておこう。イタリアの到着ホームや出発ホームはいい加減ですぐに変わる。乗車前にはもう一度掲示板を確認しよう。


◆9月11日
 この日は朝から一日4人でミラノの市内観光に出かけた。新保先生の情報では日本語解説の付いたトラムがスフォルチェスコ城(センピオーネ公園内)の前のカステッロ広場から出ると聞いていたのでまずは地下鉄でスフォルチェスコ城まで行きお城の中を見学。ミケランジェロ最後の未完の作品を見学したりした後、トラムが来るまでカフェで待った。 トラムはヘッドホンで日本語の案内を聞くことができた。要所をトラムで回った後、スカラ座前で下車。

 ガッレリアを通り抜けドゥオモ(大聖堂)に向かう。途中でスポーツ店を見つけてすかさずセリエA(サッカーリーグ)パルマ中田のユニホームを自分へのお土産として購入した。レッジーナ中村俊介のユニホームは人気がすごいらしく売り切れだった。ガッレリアを通り抜けドゥオモ広場に出た。 ドゥオモは壮観だったが現在改装工事中らしく正面には足場がかけてあり前部見られなかったのが残念だった。


 ドゥオモに登る前に昼食。観光ガイドにあったイタリア料理のお店ディ・ジェンナーロでピッツェリアを食べた。有名店らしかったがどうも観光客相手のお店らしく、ピッツェリアは個人的には中央駅のそばで初日に食べた地元の人が集まるお店のピッツェリアの方がおいしかったように感じた。

 ドゥオモの裏からエレベーターでドゥオモの上へ登った。市内の景色もドゥオモそのものも非常にきれいだった(私は映画「冷静と情熱のあいだ」のドゥオモを想像していたがあれはフィレンツェのドゥオモらしい)。下りは階段で下りた後ドゥオモの中に入った。ステンドグラスが素晴らしい幻想的な内部だった。

 その後外に出てショッピングへ向かった。ショッピングはブランド街を一回りしてからドゥオモのすぐ脇のデーパート「ラ・リナシェンテ」で済ませた。生活雑貨もイタリアらしいセンスの良いモダンなものも多く、お土産をある程度そこで手に入れた。  夕食はそこから電車で移動しサンタンブロージョ駅近くのラ・カルボナイアという肉料理が有名な店へと足をのばした。ビステッカ(ステーキ)やタリアータ(牛肉の薄切り)を注文した。あまり知られていないがイタリア北部は肉が非常においしい。そこの店も評判通りのお店で豪快なTボーンステーキとワインを楽しんだ。



◆9月12日
 早朝早くジェノアに移動。ミラノ中央駅から電車で約一時間半かけてジェノアに到着、IBITAの会場はアレンゾノというリゾート地なのでローカル線に乗り換えさらに1時間地中海沿いを西に向かった。会場となったホテルはグランドホテルというところでビーチに面したとても眺めの良いところにあり部屋も非常に広くてきれいな所だった。

 まずは受付を済ませて今回来れなかったメンバーの委任状を渡し、ホテルのレストランで昼食を取った。ジェノアでの最初の食事はビュッフェスタイルで肉やパスタを頂いた。その後、会場に入り初日の教育セッション「Study on positioning patients with a lesion on the CNS」と「The Shoulder in people with hemiparesis 」に参加した。 肩のビデオはCG解説付きでわかりやすく、帰りに受付で購入した(順天堂にパルのビデオデッキがあるので新保先生に録画を頼んだ)。

 ※ちょっと雑学:ヨーロッパのビデオ(VHS)は形が同じでもパル方式と言って日本と違う規格で録画されているものがほとんどだ。知人でパル方式のデッキを持っている人がいなければ購入は避けた方がいい。



 夕方からメンバーの歓迎食事会が行われ各国のメンバーと親交を深めることができた。テーブルを共にしたのはメアリー(英国シニア)女史、ベッティーナ(スペインシニア)女史、ファン(韓国ベーシック)先生達で、日本のメンバーに気さくに話しかけてきてくれたので楽しい時間を過ごすことができた。




◆9月13日

 二日目のAGM(年総会)ではビジネスミーティングが行われた。会が始まってしばらくして日浦さんと赤松さんがニューインストラクターとしてスタンディングオベーションを受けた。また、古澤先生(ボバース記念病院)の上級インストラクター承認が紹介された。

 議題の中で採決された主な項目としてはAGMへのベーシックコースインストラクターの参加義務が4年に1度と決定したこと。退会会員規約の決定(定年などで講習会を行えなくなったメンバーはルールをクリアすることが困難になるが実績を考慮して退会会員としてIBITAへの参加を認める)であった。

 会議の最後に次回スイスでのAGMのプレゼンテーションが行われ、その次に再来年の日本でのAGMのプレゼンテーションを私が行った。英語のプレゼンテーションを120人のインストラクターの前で行うということでさすがに緊張したがなんとかミスもなく行えて肩の荷が下りた。それにしても 外国人のユーモアのセンスはわからない。ちょっとしたユーモアのつもりで鎌倉の大仏は立てば24mだと説明したら会場中が割れんばかりにうけた。日本人なら聞き流す程度の事なのに・・。


 この日の夕食はメンバー全員でジェノア市内に出かけた。バスで移動の間フロランス女史(オーストリアシニア)が隣に座ってくれたので一昨年当院(山梨温泉病院)で行われた上級コースでの思い出話や日本のメンバーの話をした。フロランス女史も日本に来たときは少し体調不良を訴えていたが今回は非常に元気そうであった。ジェノア市内に着くと英語圏グループとドイツ語圏グループに分かれて港周辺の建物などを見学した。

 その後教会の地下のような趣のあるレストランで食事を取った。そこではイタリアメンバーと同席してイタリアのインストラクター事情や料理の話で盛り上がった。正しいパルメザンチーズの使い方やイタリアの肉の話は興味深かった。途中でジョン・モア(アメリカシニア)の誕生日のお祝いをした。最後は恒例のダンスで盛り上がりホテルに戻ったのは1時近くだった。



◆9月14日
 最終日は朝から教育セッションで午前中は「Motor control issues」「Perception, posture and movement in patient with postural disorders 」等が発表形式で行われ、午後からは4グループに分かれてワークショップが行われた。重心動揺計による計測と運動スキル実行後の影響を再計測するという実験を行った。  ワークショップ終了後それぞれのグループでのディスカッションを発表し合った後、AGMが閉会となった。





 3時間程度間をおいて残ったメンバーでの夕食会が行われた。そこではパティ(英国シニア)とクリステル(独アドバンス)と同席し香港での正常運動コースや2004年の日本でのコースについて話をした。

 その後、日本のメンバーは部屋に戻り4人で今回のIBITAの反省会(?)を行った。今回はいろんな国のインストラクターと話ができたし、2004年のプレゼンテーションや予定されているコースの打ち合わせもできた。充実したIBITA会議であったという事で意見は一致。翌日新保先生と私は早朝ミラノに向かわなければならなかったので早めに床についた。日浦さんと赤松さんは翌日ミラノに一泊してルフトハンザ空港を利用して帰国する予定らしい。


◆9月15日
 6時半にチェックアウトしてタクシーでアレンザノ駅へ。7時5分のローカル線でジェノアの駅へ。乗り換えには30分あったので発着ホームを確認しにいったらスイスのミッシェル(スイスシニア)達がいてお別れの挨拶をした。センターシティ(国境をまたぐ急行)でミラノ中央駅へ。そこからシャトルバスで空港へ向かった。空港では成田での教訓を生かして早めにチェックインして免税店へ。お土産を買い足してからバールで昼食。14時25分のアリタリア航空で日本に発った。

※ちょっと雑学:イタリアの水は日本のものと比べると少し硬いのでお腹が弱い人はマーケットで水を買い置きしておいた方がよい。水にはノンガスとガス入りの二種類がある。ナチューレと書いてある方が普通の水。